2009年11月10日火曜日

バイク…

Puno滞在中、とにかくバイクのことが気になってしょうがない。色々な人間にメールを送ったり、インターネットで情報を収集したりと完全に引きこもり状態。そして新たに問題が…

パソコンが起動しなくなってしまった…MacBookを使っているのだが、OSが起動しない…色々と復旧作業をやってみたのだが、まったくダメ。しかも肝心なインストールディスクを持ってないため、HDを修復しようにもできない。バックアップを取っている外付けHDはCopacabanaに置いてきている…泣きっ面に蜂とはまさにこのことを言うのだろう。

そして今日、宿のホセカルロスと共に再び税関へ。門を叩くと、また前にいた係りの人間が顔を出す。そして、ホセカルが事情を話すと、ホセカルだけ中に通され自分は外で待つように指示を受ける…すべての願いをホセカルに託す。

30分くらい待っただろうか。ホセカルが出てきた。







「やっぱり、ダメだったよ…」






出てきたときの表情で察すことはできたが、とにかく手遅れとのこと。国境の税関が書いた書類に“犯罪ケースナンバー”というものが記入された時点でアウトらしい。これが書かれなければ、お金を払ってなんとかですことができたという…んなアホな…

気分転換に街を散歩。するとCuscoで会った守戸夫妻にばったり遭遇。なにをかくそうこの夫婦、二人でアメリカ大陸をバイクで爆走中なのだ。いつか一緒にツーリングできるといいですねーなんて前回話したのだが、あっさりとその夢は崩れてしまった…。

まぁ、死んだわけではないし、またバスで旅を続ければいいことなのだ。バイクが戻ってこないのにいつまでもずるずるここにいてもしょうがない。気を取り直し、明日ボリビアに戻ることにすることにした。

コロンビアからペルーまでのたった三カ国で終わった、僕のバイク旅。いやー、ほんとに短かった…しかし、こんな結果になるとは…ほんとに悔しいっす…

2009年11月6日金曜日

再びPeru入国

またPunoに戻らなければならないのは面倒くさいが、こればっかりはしょうがない。さっさと手続きを済ませてバイク受け取って、またボリビアに戻ってくればいい話なのだから。

前日に同じ値段でもっといい宿を見つけ、そちらに移動。見晴らしもいいし、駐車場もある。宿のおばちゃんに事情を説明し、すぐ戻ってくるからとほとんどの荷物を預かってもらい、再びPunoへ向けて出発。つい先日通ったばかりの道を今度はバスの中から眺める。行きの時とは違いなんだか憂鬱な気分。三時間ほどしたところでPunoに到着。とりあえずの現金を引き下ろし、腹ごしらえしたところで税関に向かう。入り口を叩くと、係の人間がドアを少し開き顔を出す。書類を見せ、バイクを取りにきたと伝えると「お前のバイクはここにはない」とか訳の分からないことを言いやがる。担当者の名前を伝え会いたいと申し出ると、担当者は外出中で二時以降にならないと戻らないと言うではないか。ほんとにいい加減にしてもらいたい。ここでごねてもしょうがないので、近くのネットカフェに時間つぶしに行く。Copacabanaは確かに宿などの物価は驚くほど安いのだが、ネットに関しては割高な上に(10Bv(約150円)/1h)回線速度などの環境は非常に悪い。それに引き換えここペルーだとネットに関しては、たいていの宿にWifiが飛んでいる上に、ネットカフェに行っても非常に安い(1sol(約33円)/1h)。

約二時間ほど時間をつぶしたとこで、再び税関へ。入り口を叩くと先ほどの係員が再び顔を出し、またお前かみたいな表情をする。しかも担当者はまだ戻ってないらしい…文句を言うと中で待つようにと、今度は中に通してくれた。しばらく待つとおばちゃんが目の前に現れる。担当者は男のはずなのだが…とりあえず付いてくるようにと事務所の中に案内される。そこでなぜ二日過ぎてしまったのか等の事情を説明。おばちゃんはふんふんと話を聞いた上で一言



「とりあえずバイクは没収です」



…一瞬、言葉を失った。「ちょっと待て、それはないだろ」と反論すると「書類にそう書いてあるし、しかもサインしてあるではないか」と…スペイン語表記なので何が書いてあるかさっぱりわからなかったが、英語でおばちゃんが説明することには「…90日を過ぎた場合、自動的に国(ペルー)のものになる…」そんなアホな法律があるか!!とついつい言ってしまったが、冷静に考えるとここはペルー…充分ありえる話なのだ。しかもおばちゃん曰く「弁護士を雇おうがお金を払おうが法律を覆すことはできない」と…んなアホな…しかし、なんやかんや言ったところでこっちは拙いスペイン語、そして向こうは拙い英語。現時点では埒が明かない。とりあえずこの場を引き下がることにした。

前回Punoを訪れた際に泊まった宿に行き、宿の人間に事情を話す。月曜日に税関に同行してくれるというので、とりあえず数日Punoに滞在することにした。いいようにことが運んでくれるといいのだが…


2009年11月4日水曜日

Bolivia入国

重い腰を上げ、ようやくCuscoを出発。Punoまで約400㎞。そこからあと100㎞ほど走ればボリビアとの国境に行ける。 途中、ヨシさんと二度目の路上再会。今度こそはと両愛車のツーショット。

Punoの見所は標高3810mにあるチチカカ湖。そしてその湖に浮かぶ小さな島々。その島には先住民が移住していて、なんとものんびりとしているとか。とはいえ、ボリビア側からもチチカカ湖を見れることだし、ビザの関係もあるということでPunoは一泊するだけにした。

後日、早々と宿を出発。国境までチチカカ湖を望みながらの走行。一面に広がる湖、羊を追いまわす民族衣装をまとったおばちゃん、畑を耕す現地の人々…そんな景色を見ているうちにあっというまに国境の街Yunguyoに到着。そこから2㎞ほど離れたイミグレに行きパスポートを渡す。すでにビザが切れているのは承知の上。そして一日につき1ドル払わなければならないのも重々承知。自分は二日過ぎていたので2ドル…街の銀行で払ってくるように指示を受ける…街までもどらなきゃ行けないのか!ま、しょうがないので渋々街まで戻り、指定の銀行で2ドル支払い再びイミグレへ。そしてなんなくスタンプをもらい、いざボリビアへ!とここまではよかった…

お次は税関にてバイクの手続き。書類を見せなんなくスタンプをくれたかと思いきや、再び書類を見直した係員が「ちょっと待て。これ期限切れてるではないか」と指摘してきた。しかもかなりの大問題と言うではないか。お金払えば済むことなんて単純に考えていたもんだから、ちょっと焦ってくる。いろいろなところに電話し出し、だいぶ待たされた後に返ってきた答えはバイクを越境することはできないとのこと。それは困ると何度言っても、全く取り合ってもらえず、とりあえずバイクはペルーに残して次の金曜日にPunoの税関に出向くように指示を受ける。しょうがないので、バイクを残し全ての荷物を背負ってボリビアに入国…なんだか後味の悪い入国になってしまった。

Copacabanaに到着し、宿探しに一苦労。それも只でさえ重い荷物を背負っている上に富士山級の高地ときたもんだから、半端なく息が切れる。ようやく探し当てた宿は監獄のような狭い部屋。しかし値段は15Bv(約210円)。今までで一番安いのではないだろうか。とにかく他を探す気力もないので、その宿に一段落。

二日後には再びペルーに戻らなければならない。はぁ、面倒なことになったもんだ…

2009年10月31日土曜日

Cusco again

Machupiccuから戻ってきてもとにかくぐったり。高山のせいなのか歳のせいなのかよくわからないが、なかなか疲れが抜けない。予定では戻ってきた次の日にはPunoに向けて出発しようと思っていたのだが、なんだかんかだ気分が乗らないのでCusco滞在を数日延ばすことに。

まぁ、ダラダラとしながらもできることをやる。とりあえず動画の編集、写真のアップロードなど完全にインドアではあるが部屋にこもってせっせと作業。そしてたまに外出。ヨシさんもチャリでのMachupicchu周遊を終えCuscoに戻ってきていたので一緒に夕食でもと誘いに行ってみる。すると11年前にMachupicchuを訪れた際にガイドとして同行してくれた松尾さんという方にちょうど連絡が取れ、今夜ご飯を食べに行くことになったのでよかったらご一緒にということだったので、関係ない自分も同行することに。

7時にカテドラル前にて待ち合わせ。ヨシさんは11年ぶりの再開なのでお互いわかるかななんて心配していたのだが会ってみるとなんてことはない、すぐにお互いだとわかり、すぐさま松尾さんの行きつけのカレー屋へ。この松尾さん、なんでもヨシさんに遺跡の面白さを教えてくれたいわば師匠らしく、話がとにかく面白い。カレーとワインをたらふくご馳走になった後、店を出ると今度は「家で飲むか?」と自宅にまで招待してもらい、そこでは芋焼酎に日本の本と至れり尽くせり。遅くまで談笑し、結局、松尾さん宅に宿泊までさせてもらうことに。しかも翌朝の朝食にはソバが用意されているではないか…

いやー、リマのニシザワさんといい、今回の松尾さんといい…なんていい人たちなんでしょ。

と、そんなこんなでCusco滞在が長引いていくのだった…

2009年10月29日木曜日

Machupicchu 3rd~last day

前夜に起きた出来事を皆に話すと、「そいつやっぱりホモやったんちゃうか」との返答。うーん、ホントにそうだったのだろうか…

それはさておき三日目はMachupicchu手前の街、Aguas Calientesまで線路の上を歩く。まさに気分はStand by me。と最初の方は良かったのだが、線路ってでかい石がゴロゴロしててとにかく歩きにくい。てなことでだんだんと疲れてくると、そのデコボコが非常に億劫になってくる。昨日のインカ道の方がまだよかった。街に辿り着く頃には疲労困憊。ガイドがこれからPutucusi山へ行きたい人と尋ねても、誰も手を挙げる者はいなかった。部屋に入るなり皆、眠りにつくのだった…


夕食後に少し街を徘徊。Machupicchu手前の街ということもあり、とにかく観光客、お土産屋さんだらけ。しかも物価が異常に高い。明日も早いことだし、早めに就寝といきたいとこだったが、テレビでちょうど映画“12 monkeys”をやっていてついつい最後まで見てしまい、寝るのが少し遅くなってしまった。

最終日、早朝4時に宿を出発。遺跡まで上り詰めること35分(割と早い方)。入り口にはすでに沢山の人間が並んでいた。そして待つこと1時間。やっと係の人が登場。Winapicchu山の整理券をもらい、そしてやっと入場開始。待ちに待ったMachupicchuをこの目で見る時がきた。階段を駆け上りやや上からMachupicchuを見下ろす。ちょうど朝日が山間から差し込むMachupicchuは自分が思っていた以上に神秘的に見えた。ガイドの説明とともに遺跡を歩く。人が多いのはしょうがないのだが、よくよく遺跡を見てみるとここまで手を加えていいのかと思うほどの復元ぶりには少しがっがり。あくまで自分の意見だが、Machupicchuはマクロ的視点から見た方が神秘に満ちていると思う。そしてCathal, Simonと共にWinapicchuへ向かう。朝一で登ることもできるのだが、それだと雲が多くてMachupicchuが見れないことが多いらしく(しかし、その雲隙間から垣間見えるMachupicchuも神秘的だと思うのだが)、ガイドの言う通りに従ってその次の時間帯での登頂。一番上から見渡すMachupicchuもこれまた素晴らしい。しかし余韻に浸る間もなく係の人から「5分経ったらすぐ移動して」との指示が。人が多いため混雑しているからである。まるで休日の高尾山状態。渋々すぐに下山。

帰りもバス代ケチって歩いて街まで戻る。昔はここにグッバイ・ボーイたる子供がいたらしいのだが、ヨシさん曰く子供が学校にいかなくなるので政府が禁止したとのこと。代わりに自分がそれとなくやってみる。「バイバーイ」と山を下るバスに向かって叫ぶ…そんな野暮なことはしない。とにかくバスと競争だ!ホントのグッバイ・ボーイは林の中を駆け下りていたらしいのだが、それらしい道を見て自分には不可能だと痛感し、とにかく階段を駆け下りる。しかし、よく30越えてこんなことやるよなって自分でも笑えてくる。そんなこともあり街にたどり着いたときにはヘロヘロ状態。その日の夜には帰路につくため、休む宿など与えられない。ということで電車の時間まで広場横の路上でホームレスのごとく眠りにつくのであった。

夕方6時の電車に乗り込む。高い割に座りごこちの悪い椅子。そして、いろいろあったこの四日間を思い起こし、大変疲れたが非常に満足のいくツアーであったことは間違いない。

2009年10月27日火曜日

Machupicchu 1st~2nd day


早朝6時、同じ部屋に宿泊するSimonと宿を出発。バスに乗り込むとPSFメンバーとその他のツアー参加者達は既にバスに乗り込んでいた。

まず、初日はMt.
Abra MalagaからSanta Mariaまでマウンテンバイクで一気に駆け下りる。途中までは舗装された道路だったのだが、最後の約2時間は未舗装道路。バイクで走っても嫌な道は、自転車で走っても嫌なのは変わらない。ガタガタ道に手の感覚は無くなってくるわ、尻は痛いわと未舗装道路はとにかく勘弁してほしい。とはいえ、一人で走るのとは違ってみんなでワイワイと走るのは楽しいもんだ。



Santa Mariaに辿り着くと今度はラフティングが待っていた。映像で見たりしたことあったが、実際にやるのは初めてのこと。そう初体験なのだ。そして、その感想はというと…面白い!想像以上に楽しめた!しかも二回も川に落ちた!二回目に落ちた時はなかなか水面に上がれずやや焦ったが、自分以上にインストラクターはもっと焦っていた(笑)。そんなこんなで初日はあっという間に終了。そう、今回のツアー参加者の中にたまたま日本人カップルも参加していた。シゲオさんとイズミさん。夜はみんな寝静まりかえったにもかかわらず三人で談笑。

二日目。シゲオさんとイズミさん、あとDave一同は二泊三日のツアーだったのでここで別れる。そして我々はInka Trail(インカ道)を経てSanta Teresaを目指す。自然を眺めながらのトレッキング。聖なる川と呼ばれるウルバンバ川を望みながらひたすら渓谷を歩く。僕らが歩いたのはインカ道のほんの一部で、実際はもっともっと長く、遡ることインカ期にはエクアドルからチリまでおよそ四万㎞も続いたとてつもない道なのである。そしてその日の疲れを癒すべく、街の手前で温泉入浴。かなり温い温泉だったが、それはさておいて、気分は上々。そしてこの頃になると、他のツアーメンバーとも心が打ち解け合ってきて、宿に着くなり酒盛り開始。明日の出発はややゆっくりとしているということで、食後はみんなでディスコテカ!だったのだが、自分は高地のせいかやや疲れていたので、そのままベッドにバタンキュー(というか他のメンバーはかなり若かった…)。そしてその夜、ある問題が起きるのだった…


同室のSimonが部屋に戻ってきた時に少し目が覚め時計を見ると10時半くらいだったろうか。それから再び深い眠りについた。それからどれくらい経っただろうか、誰かが自分の右脇腹を撫でているのに気づき、ふと目が覚めた。真っ暗なので誰なのかわからず、しかも寝ぼけていたのでなにが何だかわからずSimonかと思って、横のベッドを見ると彼はぐっすり寝ている。「何やってんだ」と声をかけると何も言わずに出て行ってしまった。数分、ボーっと考えて事の重大さに気づく。すかさず自分のバッグの中身を調べるが特に物は取られていない。Simonを何度も呼び覚まそうとするが名前を何度呼んでもこの図体のでかいデンマーク人、全く反応しない。とりあえず、追っかけてみようと表に出てみると、酔っぱらいどもが表で今夜泊まりたいのどうのこうのもめている。こいつ等かと思ったが、部屋にいた男はストライプ模様の洋服を着ていたので、服を見てみるとどうやら違うみたい。ツアーガイドが起きていたので事情を説明すると「そいつはホモだな」と笑いながら言う。しかもかなり酔っている。駄目だ、こいつに今話しても埒が明かない。とりあえず物取りではなかったようだし、部屋に戻り再び眠りにつくのだった。

2009年10月26日月曜日

Cusco

世界遺産の街Cusco。Machupicchuを目指す人々もこの街を起点にしているため、多くの観光客で賑わっている街である。オレンジ色の屋根の家が建ち並び、坂の上から見る景色はCubaのSanchiago de Cubaを思い出させる。坂が多い上に標高3300mときたもんだから、すぐに息が上がってしまう。

初日は丸一日かけてバイクの整備。折れたキャリアーの溶接、チェーンの弛み、エンジン等のチェックにクリーニング…などとやることは目白押し。特に再び折れたキャリアーはこれでもかとパイプの中に鉄の心棒を入れての溶接。今度こそは大丈夫であろう…。

ここクスコでの生活はとにかく知り合いに出会う。チャリダーのヨシさん然り、そして街を歩けばPSF連中に出くわす。週末にはPSFで知り合ったDaveの誕生日パーティがここで開かれるということで、Machupicchuはそれまでお預けだ。

さて、どうやってMachupicchuに行くか考える。方法は簡単にいえば2通り。自力で行くか、ツアーに参加するか。いろいろと情報を仕入れた上、同じ宿のドイツ人カップルが教えてくれたツアーを申し込むことに。三泊四日、宿、食事、入場料、電車代全て込みで、しかもマウンテンバイク、ラフティング、インカトレイルまで付いて140ドル(学割なしの場合160ドル)という、なんともお得なツアー。結局、ボランティア連中を誘いかなりの大人数で参加することになった。

南米で一番楽しみにしていたMachupiccu。とにかく楽しみでしょうがない。